天神橋駒鳥シネマ vol.2 2014.5.30
Scene2:ラブ・
「おい。このチンピラの目隠しと猿ぐつわ取ったれ」
「ヘイ、組長」
こ、ここはどこや?薄暗くて椅子がぎょうさん並んでる……そうか、これどっかの映画館やわ。
しかし小汚い映画館やな……そや、それよりも詫びや!とにかく組長さんに早よ詫び入れんと!
「か、かもめ組に泥塗る様な真似して、ホンマすんませんでした!オ、オレが悪かったです!
か、金なら払います!だ、だから命、命だけは……」
「……お客はん、いくらワシら三人だけや言うても、
映画館では静かにせんとマナー違反でっせ。ねぇ、オヤっさん」
「そうや。子分の言う通りや」
もうあかん。オレ、もうここまでや。ホンマやったら今ごろ大金手にして、
フィリピンかどっかで豪遊してるはずやったのに……スマン。明美、スマン……。
「今から、おまえと、映画を、観る!」
……!?へっ?く、組長さん、ど、どういうこと?
「お前、何で組長が怒ってるか、わかっとらんのかいな!?」
「ア、兄貴、そ、それは、オ、オレがかもめ組通さずシャ◯を……」
「……何の話や?」
「え、ちゃ、ちゃいますの?そしたらもしかしたらオレと明美の事で……?」
「このボケ!組長が怒ってるんはそない小ちゃい話ちゃうわ!もっと大事なことじゃ!」
「まぁ、ええ。とりあえず今から一緒にこの映画観たらわかる話や。
おい、お客はんにポップコーンでも食べさせてやりいや」
「へい。ほらアーンせんかい!」
あの子分さんの怒りよう……オ、オレ、何か組長さんにとんでもないことして……
パク……
しもたんや……
パク……
ないやろか……
パク……
ってか子分さん、何で等間隔にひとつずつポップコーン口放り込むんやろか……。
ブザー鳴った……
パク……
ライトが消えた……
パク……
でも、一体何の映画やろ?仁義なき戦い?ミナミの帝王?もしや……
パク……
闇金ウシジマくん!?おれも映画の登場人物みたいに◯されるんやろか……
恐い、オレ恐い……パクって、
ちょっとポップコーンもうええねんけど。
お、始まった。
「へっ!?こ、こ、これ?……パク……マジか?マジっすか!?」
「うるさい!黙って観んかい!組長が集中できんやろが!?」
「ス、スンマセン……パク……子分さん!!!!!」
うわー。何やねん。なんで今頃「恋空」やねん。
明美に無理矢理一緒にDVD観さされたけど、やれ妊娠だー末期ガンだーと、
次々と不幸が襲ってくる割に結局あっさり立ち直る主人公に、ありえへんわーの連続で、
ごっつい観てて苦痛やったわこれ。
でも明美はあんなもんで泣きまくって鼻じゅるじゅる言わせて。
あん時のあいつは可愛かったなぁ。そう言えばこん時の話、兄貴にもしたことあったなぁ……
ええ女やったなぁ……明美……パク。
「ね?オレ言うた通りでしょ?これ最後、主人公の美嘉が○○なって○○して……って、
ホンマしょーもない結末でしょ?せやのに明美のヤツ、
鼻じゅるじゅる言わせて号泣してたんですわ。こんなんで泣くアホ、明美ぐらしかいてませんわ!
アハハハ」
って、兄貴も舎弟も号泣してますやーーーーーーん!!!!
鼻じゅるじゅるですやーーーーーーん!!!!
「……そうや。その通りやったわこのボケがー!!!!
ワシが楽しみにしてた恋空の結末、先に言いやがってワレー!!!!
お陰で涙が半分しか出んかったやんけ!南○じゃ!お前みたいなんは○港へ沈めたるー!!!!」
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「おいバイトくん。さっきのおっさん、あれ何や?『明美ー』って泣き叫ぶチンピラが、
ヤーさんみたいなんに引きずられて行きよったで……パク」
「(また売店のポップコーン勝手に食べてる……)さぁ?何か親分みたいな方が『わしの恋空返せ!』とか何とか叫んでたのは聞きましたけど……」
「せやけど三人とも泣いて鼻じゅるじゅるやったさかい、廊下びっちゃびちゃやで。
あれ、そんな泣ける映画なんか?」
「……ボクはあまり興味がないからなんとも。何だったら駒鳥サン、今から観てみます?
それとも廊下の掃除してくれます?」
「アホ。ワシ、こう見えて働く時は働く、ジッと手を見る真面目系勤労中年なんよ……
さて、映画観てこよーパクパクパクー」
今日も天神橋駒鳥シネマは、相変わらず飛ぶ鳥落とされる勢いです。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
【今月の上映作品】
「恋空」(2007)
監督:今井夏木 主演:新垣結衣・三浦春馬 上映時間:129分
2007年公開の当時流行したケータイ小説を原作とした恋愛映画。
当時の女子中高生の心を鷲掴みし、観客動員数約314万人、興行収入39億円のヒットとなったが、
その年度最低の映画を選出する文春きいちご賞で2位を記録。
ちなみに組長は公開当時、別の組との抗争でスクリーンで観れなかったため、
いつかリバイバル上映されるその日のために、あえてDVDでは視聴せず、
今か今かと真剣に心待ちにしていた模様。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
【登場人物紹介】
駒鳥サン……天神橋の片隅にある(かもしれない)架空の映画館、「天神橋駒鳥シネマ」の館長。
お人好しで涙もろく、でもちょっぴりおっちょこちょいな、
如何にもナニワな感じの所謂おっちゃん。
寅さんに憧れて、夏でも腹巻きは欠かせない。
バイトくん……いつも人騒がせな支配人に対し、常に冷静でクールなアルバイト。
おそらく学生。態度には出さないものの、「天神橋駒鳥シネマ」のバイトを結構気に入っている。
組長(オヤっさん)……泣く子も黙る暴力団「かもめ組」組長。根っからの武闘派として知られ、
極道の中の極道と呼ばれるが、実は三度の飯より恋愛映画好きな「ラブ・シネマ・極道」。
子分……恋愛映画のためならたとえ火の中水の中、組長(オヤっさん)と共に
ラブ・シネマ・仁義を貫く構成員。
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【執筆者紹介】
村上 淳一
コーヒー淹れたりイベントやったりモノ書いたり喋ったり。
でも本当は駒鳥文庫という映画関連古書店の店主、だったような。
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