天神橋新聞は大阪府天神橋の粋な情報を発信するWEBマガジンです。

天神橋二丁目「司光」二代目・三代目物語

この地に約70年。天神橋2丁目。天満宮の御膝元にありますこちら

呉服店「司光(しこう)」さん。天神祭では皆さんお世話になっている方

いらっしゃるんではないでしょうか?

今回お邪魔したのは天神橋新聞開局に伴い、天神橋歴史の勉強をとさせていただく際に

まずは老舗の先輩方にまずはお話を伺わないといけないという事で

司光二代目の泉屋隆一さんにお話を伺う事が出来ました。

しかし、新参者の天神橋新聞、真面にお話聞かせていただけるのか少々心配でして。。。

あぁ~やっぱ目を合わせてくれないや(笑)

当たり前っちゃ当たり前。この天神橋筋はメディアが多く訪れる取材のメッカ。

そんじょそこらの取材には応じてくれないのが世の常。しかし私たちの目的は

天神橋に残る文化や粋な世界をアーカイブ化して若い世代に伝えていくのが使命。

そこら辺の「流行ってるから行ってきた~」ってメディアとは違うんです。

うちが流行ってないって言うたか?

いやいやいや、そういう意味では無くてですね(笑)

しかしやっと振り向いてくれましたのでお話を伺うことができそうです。

司光二代目泉屋さん
天神橋という地域は商売人の街。祭はすべて地域の人達の手作りで代々受け継がれてる。
辛い時も苦しい時もみんなが助け合って地域の伝統を守り続けてる。
他の地域に比べれば「天神橋にしかない」良さはたくさんある。

天神橋新聞
そもそもこの地に商売を始めたきっかけとはなんなんでしょうか?

司光二代目泉屋さん
親の代から天神橋やからな。それで私は長男坊の2代目。
長男やから実家の商売継がなしゃないしな。昔の時代はそういうもの。
世襲制っていうて家を守るのが長男の役目。それで私ももう72です。
今の長男がどう思ってるんか知らんけどこの場所を3代目がどうするか?。

そこに三代目泉屋宏樹さん登場

三代目泉屋さん
現在僕の仕事はデザインの仕事をさせていただいているんですが
やっぱり親の代から受け継ぐ「家」というのは本当に大切だと思ってます。
今後どうなるかわかりませんがやっぱり帰るべき家は守りたいですね。

二代目泉屋さん
息子は生まれた時から天満宮が遊び場やった子やから
やっぱり親としてはどんな形であれ家を継ぐことはしてほしいですよね。

三代目泉屋さん
(苦笑)
元々育ちがここなもんですから天満宮が遊び場所だったんですよ。
今や色んな柵が出きて遊べませんけど昔はそんな柵とかもなくて
石碑に上ったり色んなやんちゃしてましたね。本当に天神橋って
子供の遊べる場所が極端に少なかったんですよ。

二代目泉屋さん

私たちの時代は中之島公園で泳いだ事がある(笑)

天神橋新聞
えーー!?中之島公園の前で泳いでたんですか!?

二代目泉屋さん
そうですよ。昔は水も綺麗かったので、泳げたんです。

天神橋新聞
その当時の写真って残ってないんですか?

三代目泉屋さん
実は僕の父親の父親、いわゆるおじいちゃんにあたる一代目の
時代の店の前の写真があるんですよ。昭和30年ごろの写真なんですけど。

天神橋新聞
ちなみにこの小冊子「天神橋帖」とありますがこれは?

三代目泉屋さん
メビック扇町が主催している「わたしのマチオモイ帖」という
プロジェクトがありまして
全国のクリエイターがそれぞれ自分の思いのある「町」を
冊子や映像で紹介するという
プロジェクトなんですよ。
その中の「天神橋」を私が担当しました。
日本全国マチオモイ帖:

天神橋新聞
なるほど。見ていると本当に天満宮やその他の歴史について触れられている
小冊子なんですね。

三代目泉屋さん
かなり私的な内容ではあるんですが生まれ育った地元を思う気持ちを
このような形で表現させていただきました。

天神橋新聞
ここに書かれている内容の中で「果実屋 いづみや」と書いていますが
元々「呉服屋さん」ではなかったんですか?

二代目泉屋さん
一代目の代は元々「果実の卸」をしてたんです。
この写真は私も小さい時やからね。
この写真に有るのは天神橋筋なんやけど
今やったら考えられへんけど陸渡御(りくとぎょ)が入ってきてた。。

天神橋新聞
その陸渡御(りくとぎょ)というのは?

二代目泉屋さん
天神祭の先頭を歩く重要な一行です。

天神橋新聞
天神橋筋商店街にその陸渡御(りくとぎょ)が入って来てたんですか?

二代目泉屋さん
今はアーケードで無理やけどね。

天神橋新聞
今や天神橋筋は祭りの日はものすごい人じゃないですか?
しかも司光さんの目の前は本当に天満宮の横。メインと言っても過言じゃない。
そんな場所で呉服屋さんをされているという事は祭時なんで
結構繁盛するもんじゃないんですか?

三代目泉屋さん
それもあるんですけどうちの親父はルールに厳しい人で
たまになんですが着物の着付けで右前に着るのが基本なんですが
左前に来てる人が居たりすると・・・・

天神橋新聞
左前って死人の着かたじゃないですか?

三代目泉屋さん
はい。そんな人を見つけるや否や親父はものすごく怒るんですよ(笑)

二代目泉屋さん
あほか。そんな着方したらアカンにきまってるやろっ(怒)

三代目泉屋さん
まぁこんな感じなんですよ(笑)でもね最近なんですけど、私も毎年
天神祭の日はお店を手伝っているんですけどやっぱりいるんですわ。
右と左の着方を間違えている人。不思議なんですけどどーしても
許せない自分がいるんですね。

天神橋新聞
血は争えないってやつですね(笑)

三代目泉屋さん
はい(笑)やっぱり僕も注意してるんですよ(笑)こわい(笑)

二代目泉屋さん
こないだなんか、外国の子が成人式で紋付き袴を着たいっていうから
話で色々聞くと自分で着物を買ったらしい。でもねでたらめもいいところ。
京都のどこぞの古着屋で買った紋付き袴じゃまったくない
着物をうちに持ってきて。しょうがないから私が全部コーディネート
したんですよ。

天神橋新聞
でも彼、めちゃくちゃ喜んでたんじゃないですか?

泉屋お母さん

よろこんでいましたよ~


天神橋新聞
うぁ~ビックリした(笑)お母さんいらっしゃったんですね。

泉屋お母さん
最近、うちの宏樹(三代目)がテレビに出たんですよ!

三代目泉屋さん
ちょっと(笑)。やめて(笑)。

泉屋お母さん
「大阪ほんわかテレビ」でなんか「3万円する絵本」作ったって
テレビにでてね。そんな大事な事もギリギリになるまでこの子
言いませんねん。ビデオ取り忘れて。ほんまに。

三代目泉屋さん
やめて(笑)

天神橋新聞
なんですか?その「3万円の絵本」って?

三代目泉屋さん
泉鏡花という明治時代後期の作家の小説「龍潭譚(りゅうたんだん)」
を中川学(なかがわがく)さんという京都で僧侶とイラストレーター
をされている異色の作家さんが絵本にしたという作品ですべて手作り。
大阪のクリエイター・職人の推移が集まった絵本なんですね。

泉鏡花とは
泉 鏡花(いずみ きょうか、1873年(明治6年)11月4日 – 1939年(昭和14年)9月7日)は、明治後期から昭和初期にかけて活躍した小説家。戯曲や俳句も手がけた。本名、鏡太郎。金沢市下新町生れ。 尾崎紅葉に師事した。『夜行巡査』『外科室』で評価を得、『高野聖』で人気作家になる。江戸文芸の影響を深くうけた怪奇趣味と特有のロマンティシズムで知られる。また近代における幻想文学の先駆者としても評価される。他の主要作品に『照葉狂言』、『婦系図』、『歌行燈』などがある。

中川学とは
京都の寺院にて、1996年より僧侶をしつつイラストレーションを描いて糊口をしのぐ。
その”和ポップ”なイラストレーションは国内外で定評があり、数々の書籍の装幀画や挿絵に作品を提供している。
また世界20カ国以上で読まれているロンドン発の情報誌「MONOCLE」や、ドイツの著名美術系出版社「TASCHEN」が発行する世界のイラストレーター特集に掲載されるなど、世界へと活躍の場を広げている。
著書に、ロビン・ロイドとの共著「HAPPY BIRTHDAY Mr.B !」「1年に1度のアイスクリーム」(共にコンテンツ・ファクトリー刊)。

作品の詳しい情報についてはこちら

天神橋新聞
なるほど。素晴らしい作品を手掛けてらっしゃるんですね。
しかもこちらに置いている着物もすべて素晴らしい作品ばかりで。
やっぱり幼少のころからこのような着物に慣れ親しんでいるせいで
デザインの世界に入って行かれたのはよくわかります。

二代目泉屋さん
まぁ小さい頃からこの子は着物の世界におったから綺麗な物や
美しい物は日常の生活にあったからね。

三代目泉屋さん
まぁこんな僕を芸大まで行かせてくれた親にも感謝です。

天神橋新聞
涙でカメラレンズがみえない(涙)
しかし、そんな三代目の才能が開花した今、司光にも新しい
流れができそうですね。この街を元気づけていくのはやっぱり
僕らの年代の人間でやっぱり使命感は有りますよね。

三代目泉屋さん
やっぱり僕らの街「天神橋」なんで若い力で何か面白い事
できればいいなと思っています。できるだけ空いた時間を
地域貢献に役立てるお手伝いはしていきたいと思っています。

天神橋新聞
是非そのお手伝いをうちの天神橋新聞でもさせてください。
新しい息吹と昔からある粋な天神橋の世界。良いところを
どんどんアーカイブ化できればと思っています。

二代目泉屋さん
それなら、君らに良い物を見せてあげようか?

天神橋新聞
見たいです!

二代目泉屋さん
これはね、天神祭の役員しかもてない「からす団扇」ゆうて
うちの先代(一代目)から継承して持っている貴重な団扇でね。

天神橋新聞
すごっ。これ。私たち見ても良い物なんですか?

二代目泉屋さん
触ったらあかんで(笑)。代々受け継がれてる物やからね。

二代目泉屋
通常の祭りに関わってる人が持つのはこちらの小さい方で。

天神橋新聞
しかし、見事な烏の絵つけですね。

天神橋新聞
あれ?ここになんかサインが入ってるんですか?

二代目泉屋さん
これはね。ある年の天神祭で父(一代目)が酔って
そばに来た芸人に粋にサインかかせたんですわ。
誰かわかる?

天神橋新聞
いや、「仁」の字は見えるんですが。

二代目泉屋さん
三代目笑福亭仁鶴や。まだ出だしの時の仁鶴さんのサインですわ。

天神橋新聞
笑福亭仁鶴って言ったらあの有名な大阪の顔の。
もしかして・・・この「からす団扇」にサインした事で
出世されたような。。。。

二代目泉屋さん
そうかもしれんな~。はっはっは。

天神橋新聞
今回は本当に色んなお話が聞けて勉強になりました。
そしてこんな貴重なものまで見せて頂けて本当に光栄です。
ありがとうございました。

取材時間2時間のロングインタビュー。

ここには書き尽くせない昔からのエピソードもたくさんありました。

三代続くというおたくは天神橋にもたくさんあるかと思いますが

家を継ぐ。そして新しい息吹を自分の代に生かす。

本当に親子という強い絆を感じたそんな取材でした。

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趣味の呉服司光 (しゆみのごふくしこう)
住所 大阪市北区天神橋2丁目4-6
電話 06-6352-0360

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